“心がマヒ状態”を卒業したいなら、見て欲しいこと。

感情よりも深いところまでが、麻痺している

何でだか、出てこないんですよ。自分が何を感じているのか?それは怖いとか不安とかそういう感情は出てくるんですけど、もっと深い感情なのか、何のなのか?分からないんですけど、それが出てこないんですよね。

結局これが何なのか分からない状態だから自分ってこのままなのかな〜とか思っちゃって。だから徐々にですが、内面を探ろうとはしているんですけどね。

単語とは大雑把なモノです。例えば「感情」という1つの単語に対して、あなたが今とっているイメージも、お伝えしたいイメージも異なってしまいますからね。

そんな違いがありながらも、あなたのイメージに潜りながら、あなたに向けて書いています。「あ、これ自分かもな」と思った方だけ、続きをご覧頂ければ幸いです。

心の痛みに耐えられなくて、外に爆発したくなる

小さい頃のトラウマなどがある&男性ですと、自身の心の痛みが耐えられなくて、外に爆発したくなるという事があります。

この痛かったポイントを繊細に見ていきながら、自分自身を自由に解放させていくって、ご自身でも困難を極めているんじゃないでしょうか。

それに苦心している日々ですと、正直仕事にも行きたくはないし、周りで楽しそうに会話している集団を見ていて、羨ましいって思いますよね。

だけれども、そんな風に表面をなめるような会話をしていて、何が面白いんだろう?と考えてしまって、自分自身って本当面倒くさいけど、生きていくためには、この自分と向き合わないと・・と思っていませんか?

そうしながら、日々日々、外に爆発したいんだけれども、それも中途半端にしかできなくって辛い悶々とした日々ではないでしょうか。

プライドが邪魔をしてしまう

では、ここで質問です。

世界一美しい花と言われる「オールドローズ」と、世界一醜い花と言われる「ショクダイオオコンニャク」の共通点はなんですか?

そう、花であるということです。

心が繊細だとか、繊細じゃないとか、それはただ個性が違うということです。結局は花であるという事実だけがあるということです。

にも関わらず、自分の花と相手の花を比べて「俺もひまわりが良かった!」とか「タンポポに皆なれよ!」と言い出します。あなたのタンポポも、彼のひまわりも、十分綺麗ですから比較しないでいいじゃないですか。

花は比較しません。比較するのは人間です。

心が麻痺をしてしまった背景には、その比較をたくさんやりすぎてしまったからです。自分と相手を比較し、周囲の環境と自分の環境を比較し、過去と現在を比較し・・と、人間は比較し放題です。

そこから生まれるあなたの固定した判断基準から外に出られたら、自由の確信を得られるようになります。

心が繊細であることに固定したプライドを卒業すれば自由になれますよ。そんなに自分や相手を判断しないでくださいね。と言っても、判断してしまうのは、それが人間の構造でもありますからね。

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