【そんなに私はダメなのか?】どうしても抵抗してしまう時の自分と世界との向き合い方

●●がなっていない。それは常識だ。に苦しんでいませんか?

  • この業界ではこれが常識なんだよ
  • アメリカでは違っても日本ではこれが常識なんだ
  • 今はそうじゃないかもしれないけど、昔はこれが常識だ
  • 常識的に考えて、そうするのが一番いいだろう
  • 私にとってこれが常識なんだよ

正直、若手の皆さんはこうした“常識”と見せかけた、偏見のコレクションにげんなりしている方も多いと思います。しかしいつの間にか、それがまた常識となって、あなたが30代・40代になれば「これが常識だろう」「お前は本当に●●がなっていないな」と言っていくのでしょう。

こういう時に、

「そんなに私はダメなのか?」「そんなに自分はいけないヤツなのか?」

と、あなたは思っていませんか?そうそう、思っちゃう。そんなに生きる必要ない人なのか?人間じゃないって言われているのか?と思ってしまうくらいに、腹が立ったり落ち込んだりしていませんか?

正にこれって、あなたが勝手にあなたの中にはまっている状態です。なんかモヤモヤするでしょう。

巷で伝えている、解消法は?

ということで「私はダメなのか」と検索してみます。

巷では「人と比較するのをやめよう」「生きているだけで誰かが幸せにしてくれる」「他人と自分は違うんだ」などという形で、相手と自分を分けてまずは考えようと提示しています。素敵ですね。

しかし、自分と相手を分ける事をしようとしても、あなたのモヤモヤは解消されているのでしょうか?中々言葉を受け取っただけでは解消できない。これはどうしでしょうか?

考えや感情は、どこから生まれたの?何を分ければいいの?

僕自身がそうだったんですが「自分はダメな人間なのか」と反発するのは「自分はどうせダメな人間なんだ」と深く決断したからです。

それを出発にして、考え・感情・言葉・行動・関係構築をしてきました。

しかし「どうせ自分はダメなんだ」という決断自体を自らが深く知っておかないと、またその自分に振り回されるわけです。

自分と他人を分けよう。というのは、その通りなのですが「どんな自分」と「他人」を分ける必要があるのか?という事なんですね。

それが僕の場合は「どうせまともじゃないダメな自分」と「他人」を分けるということ。これが分けられなくなると「どうせまともじゃない自分」と「まともを強制してくる相手」が存在するわけです。

実はその相手は、いないんです。あなたの思い込みの中に登場しているだけなんですね。人の考え・感情はこうした未熟な判断基準が生まれる時期に決断した事から発生しています。

詳しくはメール講座でお話しています

どう向き合えば自己肯定感が生まれるの?

よく「人生と向き合う」と言いますが「主観的な自分」が「主観的な自分」と向き合うのっておかしくないですか?それでは、結局同じことを繰り返すんです。

「客観的な自分」が「主観的な自分」と向き合わないと変な話です。皆さんその事を忘れて気合と根性で向き合おうとしますが、それは永遠にスッキリできません。

そもそも主観とは何なのか?を知っていくことですよね。

主観的な独断は、映画のスクリーンのようなもの

常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションのことを言う

ーアインシュタイン

アインシュタインも言っていますね。

さて、

主観的であり現象的な世界が政治・経済。

主観的であり本質的な世界が、宗教・芸術。

客観的であり現象的な世界が倫理・道徳。

客観的であり本質的な世界が科学・哲学といえます。

アインシュタインが言っていた、常識とはなんでしょうか?認識技術から言えば、これらすべて主観です。なぜならば、人間の5感覚脳で情報をみているから。

だからアインシュタインは本物の普遍性・超客観性を求めて、大統一理論を探し求めていたのだと思います。

アインシュタイン以降、一般相対性理論と共に量子力学が現代物理学をリードしています。その世界でも「人間によって観測されるまでは、現実は存在しない」という実験結果が出されました

つまり、あなた自身が目をあけた瞬間に、映画が立ち上がっているかのように、この世は立体スクリーンのようなものです。

つまりは、この現実は壮大なバーチャル・錯覚なんですよね。

錯覚世界のほんの一部が、あなたが今誰かに言われた「これが常識だろ」という発言なわけです。なんだか少し可愛くなってきたでしょう。そして、あなた自身が、意識である映画を立ち上げている主人公だという事を理解していけば、一段階、自尊心が深くなっていきます。

スクリーンの外に出た時に、本物の自己肯定感と出会える

しかしながら、そこから先の話が出ていません。そもそもスクリーンの根源は何なのか?何から映画が始まっているのか?という問いです。

これに関しては、あらゆる覚者の方々が発見した世界があります。「空」「道」「神」などなど・・

その根源からどのように、この映画が映し出されたのか?その関係性を模型言語で立証しているのが、認識技術です。

スクリーンの外に出た時に、自分とは何なのか?世界の根源は何なのか?という疑問がハッキリするんです。僕自身もそれを理解した時に、本物の自己肯定感と出会えました。

だから、この現実をゲームのように楽しく設計していますし、常識を強要する人もいらっしゃいますが、楽しく動いています。

かなりディープな話となりましたが、ワクワクしますから興味があればぜひご連絡を。まずはセッションでお会いしましょう。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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