僕がハートトラベラーになるまで④相次ぐ心の問題の直面・自分の不甲斐なさ

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前回までのあらすじはこちら。僕はうつになり、自分から逃げたいと思う毎日が続きます。

そして恩師とセッションと出会い、段々と自分の中の充実感を持つ「セッション」の可能性を感じ始めます。

僕がハートトラベラーになるまで①「うつ病ですね」

僕がハートトラベラーになるまで②逃げたい毎日が続く。

僕がハートトラベラーになるまで③恩師とセッションとの出会い

相次ぐ心の問題の直面。

「西勝、もういいよ。こっちの世界に戻ろう」

僕の親友からの言葉だった。あれは僕がセッションを通して、うつを治し、再度私立高校の事務職員として、働き始めたあたりだったと思う。

そこでの働きぶりは、とても評価された。それはやっぱり、判断基準について理解があったからだ。

前は、上司や先輩の言葉に振り回されていた自分が、落ち着いてその背景を汲み取り、楽しく仕事をできるようになっていくのは、自分でも驚きだった。

「逃げたい毎日」が、段々と「自分と向き合える毎日」に変わってきた。自分で言うのも難だが、重宝されていたと思う。

さて、そんなある日に、僕が彼を誘ったのだ、久しぶりに会おうと思った。

彼が通っていた大学で、昼間からビールを飲みながら、大学生と共に。なぜか僕らは学生が座るベンチに、座っていた。

親友は夢見がちなヤツだった。詳しくは話さないが、彼もその理想を追い求め、現実と向き合えず、うつになっていたのだろう。

その時は病名は聞いていなかったが、明らかにそんな表情だった。

これは、あんまり良くないんだろうな。。

そうやって僕自身も見ていたし、なんとなく、そう感じ取っていた。

自分は当時、セッションを何となく学んでいた。にわか仕込みの論理で、彼にその話をしてみた。

それでも、全然僕は、彼の話が聞けなかったし、彼にアドバイスもできなかったのだ。

「なんかあったら連絡しろよ」

・・そんな言葉すら、僕には出てこなかったんだ。だって、自分じゃ解決できないと思ったから。

僕にそんな力がないと思ったから。

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遺書。

そして次の日。いつも通りmixiを開いて、日記をボケーっと見ていた僕は衝撃的な文章を見た。

彼の文章だった。日記に、書かれていた遺書だった。

僕はそれを見て、見て、見て・・上を見上げて泣いた。救えない自分を責めた。

誰かの役に立ちたい。本物の役に立ちたい。そんな言葉を綺麗に御託のように並べることはできる。

でも、僕には圧倒的に力が足りない。

幸い、彼は一命を取り留めて、今は心身ともに、元気に過ごしている。僕の大切な親友だ。

しかし、僕は全く力になれなかったのだ。悔しかった。だから、絶対に人の心を救う人間になろうと、誓った。

そして僕は、より一層、教育の勉強に注力をしていった。

広げてみれば、この心の作用自体が人生を生み出していて、集団になれば、家族や学校・地域社会・日本・世界にまで及ぶことを知った。

そして僕は、世界でも数十人しか持っていない資格を、最年少で取得するまでになったのだった。

だけれども、また一歩、踏み出せていない自分がいたんだ。

NEXT:僕がハートトラベラーになるまで⑤独立への躊躇。

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