僕がハートトラベラーになるまで①「うつですね」

10872574_1444813292406090_1568393891_nいつもありがとうございます。ハートトラベラーの西勝です。

おかげさまで、ハートトラベラーとして独立して半年が経とうとしています。

多くの方からも、独立したのか!?と驚かれます。そりゃあそうですよね・・という感じですが(笑)

「人脈なし・お金なし・勇気なし」そして、うつだった僕が、ハートトラベラーとして心のことをお仕事にしながら、全国を飛び回る力を手に入れられたのか?

正直いろんな事がありました。その起業物語?というと大げさですが(笑)

ご覧頂ければ幸いです。

——

「うつですね」

僕は不思議な安心感と共に、めまいと熱と戦っていた。というより、もう、まどろみの中に逃れたい一心だったんだと思う。

つまりは仕事に行きたくなかったのだ。逃げたかったのだ。

そういうと、聞こえは「逃げ」に聞こえるかもしれない。だけれどもうつ病を、なめてはいけない。本当に無理なものは無理なんだ。

僕はそれに気付いたのは、この日から1年後になってからなのだが。

2009年、4月。

新入社員。僕は人材教育のベンチャー企業に入社した。

でも怒られてばかり。仕事は別にできないという訳ではない。

しかし、何故か仕事に身が入らずに、だけれども自分の中では一生懸命ではあった。

別の「何か」が気になりすぎて、目の前のことに集中が出来ずにミスが出てくる。

そんなこともありながら、でもそもそも、社会の状態や教育のあり方にまで問題意識がいってしまう。

「考えすぎ」「よく分からない」

そんなレッテルを貼られているような気がしてならなかった。だんだんと先輩や上司と会話することも苦痛になってくる。

家に帰るのはいつも終電。だけれども、寝れずに2時間や3時間睡眠が、何ヶ月もずっと続いていた。

そして2010年1月。

新宿のメンタルクリニックで、僕はうつ症状を宣告された。そして、診断書を次の日に発行され、会社に提出。

そのまま僕は、実家に戻り寝たきりの生活を送ることとなった。

「悔しい」とか、「何やっているんだ自分」とか、そんな風に否定できるなら、まだいい。僕は心底、安心していたから驚いた。

そう。そのうつ病の自分を「社会に行かなくて済む免罪符」のように感じていた。

安心して休める。そう思っていた。

だけれども、その安心感にはちょっとした「隙間」があった。

それが、後々の僕を蝕む原因だということも分かった。

この時自分が、ハートトラベラーになるなど、1ミリも思っていなかった。

NEXT:僕がハートトラベラーになるまで②逃げたい毎日が続く。

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