中途半端になりたくないなら、やってはならないたった1つのこと。

中途半端になりたくないなら、やってはならないたった1つのこと。

比較対象が多すぎて、中途半端になり、自分を見失ってないか?

学生時代から、成績もそこそこで、仕事もそこそこ。ある程度、そつなくこなすことができた。

だけれども、もうそれもやりたくない。今の安定した仕事にしがみついて、くすぶっている。

友達で起業したヤツもいるし、更に世間をみれば同じ20代でも世界へと挑戦している人だっている。自分はこのままで社会に中途半端に生きて終わるんだろうか?

そんな生き方をしたいわけじゃない。だからといって、ただ単にお金を稼ぐような生き方はハウツーであって、本当に信念貫いてやりたいことではない。

そろそろ結婚も考えなきゃいけない年齢だし・・。

いったい、自分はどうしてこんな中途半端なんだろう。思い切って何かを世の中に発信する人生を歩んでみたいのに・・

こうした20代を私はたくさん見てきました。その人達に言える特徴は「自分に自信がなく」「他者との比較が多い」ことです。もしかしたら、あなたもそうじゃありませんか?

しかし、これは多くの現代人に言えることです。比較対象が多すぎて、自分を見失うのは、一体なぜなのでしょうか?

なぜ、自分を見失うのか?

1.情報化社会

まずは環境的な要因があります。数十年前は、それぞれの地域にガキ大将みたいなのがいて、それぞれが1番だと思っている時代がありました。しかしテレビが普及したことによって、自分と同世代の人がアイドルになったりしてチヤホヤされている。

さらには、お父さんよりも年収の高い人たちをテレビで見つけていく。更にPCが普及し、スマートフォン1つで世界中の図書館の情報レベルの量を見れるようになりました。

そうした時に、必ず自分と年齢が近い人や自分の家族と同じような境遇の人を探し、比較をします。そして思うのです。「あぁ、自分はこの人と比べたら中途半端だ」と。

そうすればそうするほど、「自分には突出した何かがあるわけでもないしな」と諦めていき、適度な職業を選んだりしていくことになります。

2.価値観の多様化と見せかけた、大衆迎合主義

最近は、グローバル化の影響もあり、ダイバーシティやLGBTといった価値観の多様化を受け入れられる傾向にあります。

しかし、大衆的にタブーとされているような世界もあります。日本で言えば、宗教や哲学。今はだいぶ受け入れられていますが、BLや百合・さらには性癖・・などなど。

以外に大衆では×の制裁を食らうことって多くあります。それをオープンにすることを、自分の中で拒んでいて、結局モヤモヤしていませんか?

そしてまた思ってしまうんです。「自分はなんて中途半端なんだ」って。

ディープなところを晒せば晒すほど、また多くの人に見られれば見られるほど、判断がたくさん飛んでくる恐怖がある。だから出せないということですよね。

すべてを全員にひけらかす必要があるか?といえば、僕はそうは思いませんが、本当に信頼できる数人にも、自分のすべて(すべてですよ!)をひけらかせないのは、中途半端になる1つの原因ではないでしょうか?

3.アウトプット不足

そんな環境にいると「自分のオープンな部分をアウトプットする機会がなく、日々会社と家の往復をして10年が経ってしまった。」なんて30代の話は何人も聞きます。

アウトプットする事もないと、例えがお下品ですが、便秘な状態になりますよね。そんな状態が10年以上も続いていたらどうでしょうか?

息を吸って吐くこと。食べ物も食べたら出ます。そのように、人の考えも深い所まで吸ったら深い所まで出すことで健全なコミュニケーションが生まれます。

ですが、アウトプット不足が続けば、そもそも自分自身がアウトプットしていなかったことすら忘れてしまいますから、これは信頼関係も築けなくなりますから、深刻な問題です。

よくある解決策

さて、ではこんな中途半端な状態を解決するために、巷ではどのような解決策をあなたに提案しているのかを紹介してみようと思います。

自分軸をしっかり持つ

軸を持つことで、色んな情報に対してブレることがないということですね。これの良いところは、その分自分自身の主張ができること。

この問題点は、自分の主張がどんどん強くなり、それ以外を受け入れる柔軟さがなくなってしまうこと。もしくは、それ以外に対しては「別々でがんばりましょう」となって、協力関係のイメージがもてない所です。

ビジョンを曲げない

これも軸を持つこととほぼ同じですね。例えば「自分は最高のギタリストになるんだ」という自分を決めたならば、ビジョンは「最高のギタリストになること」です。

当然これもメリットは、そのための仲間を集められること。そればかりに固執する場合のデメリットは、それ以外の人たちと協力関係をどう築けばいいのかが分からず、「無視」「そういう人たちなんだと見守る」「気にしない」などの築き方しかできないことです。

出過ぎた杭になる

誰もが、もうこれは・・と言われるくらい追究し続けてそれを世の中にアピールし続けることです。このメリットは自分というポジションを確立しやすいこと。

懸念点としては、これはどの事にも言えますが、そのような生き方をコピーすることができないというところですね。

「選択」と「集中」をする

自分が何をすればいいのかがわからないからこそ、中途半端に色々やるのではなくて、例えば期間をきめてやることを「選択」して、期限を決めて「集中」して行うということです。

これによって、「あぁ、自分はこれが好きなんだな・これがキライなんだな」という自分なりの選択基準が大雑把ながら、みえてきます。懸念点としては、それが好きだからといって本当にどんな人がきたとしてもその好きを極められるのか?という点です。

このように色々な解決策があり、どれも効果があるかと思います。では、まとめると、中途半端になりたくないなら、やってはならないたった1つのこととはなんでしょうか?

中途半端になりたくないなら、理想を留めない

それは「理想を留めないこと」です。勘違いしやすいのは「こうなったら中途半端にならなくなる」といった魔法はなくて、「中途半端にならない選択をし続ける」という選択が最も重要です。

その具体的な1つのことが「理想を留めないこと」です。

最近、プロサッカー選手の本田圭佑さんが、世界を平和にするために色々な活動をされています。彼はサッカーで世界一の選手を目指していますが、さらなる大きな夢を持ったのかなと勝手ながら思っています。

夢や理想は時に変化することがあると思います。しかし、現状よりも下回る夢は、掲げるべきではないと僕は思います。

なぜならば、それは自分自身の可能性に対する制限だからです。自分を信じていないことと一緒です。そうすると、間違いなく中途半端街道まっしぐらです。

問題点:中途半端からの解放のステップがみえない

よし!じゃあ明日から中途半端にならないように、理想を高め続けて頑張るぞ!と、したとしても、中途半端から抜け出したいあなたは、以前やったことがあるかもしれません。でも、うまくいかなかったのはなぜでしょうか?

それは今、あなた自身が何のイメージに自分自身を制限されているかがみえないからです。

「中途半端」とこの記事でずっと語ってきましたが、そもそもあなたがイメージする「中途半端」と私がお伝えしたい「中途半端」のイメージは必ずズレています。

そのイメージが明確でないまま、理想を掲げても、どこから取り組めばいいのかが分からず、またがむしゃらに取り組んでみては、それこそ中途半端な結果に落ち着いてしまいます。

ですから、そもそもあなたの中途半端に対するイメージが、どのようなイメージかを深く認識する必要があります。

問題点2:関係性構築のステップがみえない

中途半端な状態というのは、人間関係の築き方も中途半端になっているはずです。何か新しいことを決めると、去っていく人と逆に寄ってくる人など、色んな人間関係の入れ替え戦があります。

どんな人とでも気持ちよくチームプレーをするためにはどうすればいいのでしょうか?これも同じことで、互いの人間関係のイメージがなぜ、どこからどのように生まれているのか?を知ることです。

しかし、今までの解決策はこの問題を無視して理想を掲げることをやっていました。これでは、たとえ個人で成功しても大きなチームで成功することは望めません。

ですからメール講座では、セッションを受けた方々がどんな制限をかけて、人間関係を築いていたのか?という事例を紹介しながら学びを進めていきます。

中途半端から抜け出したいならば、まずメール講座を通して学んでみてくださいね。

私自身も中途半端な状態から抜け出したかったけれど、なぜか中途半端になってしまう人でした。今は中途半端にしない関係性があり、みずからもそこから抜け出せる技術を持って、日々をアップグレードさせています。

ぜひ諦めずに、一緒に自分史上最も楽しい人生を謳歌していきましょう。

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RelationShiftの西勝です。小さい頃からずっと「自分が自分として生きてない感覚」がつきまとっていて、そこから自由になる経験をしました。

僕も含めて、自分が操られている◯◯に気付き、そこから自由になるための、5人のストーリーをご紹介させてください。

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